ギター

ホーム・ページで紹介しているものは民族音楽が主なのですが、ここではクラシックのギター演奏を紹介します。

Agustin Barrios /Nituga Mangore

El Maestro , EM8002 , 1980(1912-1928録音) 

バリオス : ギター

Capricho Arabe 他 全24曲 

Barrios(1885-1944)によるギター演奏です。バリオスは南米パラグアイ生まれで、晩年はグァラニー族であることを誇りとし原住民風のMangoreという名前で演奏していたようです。本LPは、古い録音のため音が悪く鑑賞用とは言えませんが、ギター演奏者の参考用としては貴重なものだと思います。
私は演奏技術の優劣については判断できる見識を持ちませんが、クラシック・ギター演奏の御手本という感じがします。特にCapricho Arabe(アラビア風綺想曲)の繊細な表現は、以下に紹介するタラゴ女史の演奏と共通した印象が残りました。

レナータ・タラゴ /タルレガをひく

Hispa VOX(ヴィアドール), VOM3032H , 1962 

レナータ・タラゴ : ギター

Capricho Arabe(アラビア風綺想曲) 他 全17曲 

Tarrago(1927-)によるギター演奏です。タラゴはスペインのカタロニア生まれで、父親もギターの教授でした。
Tarrega(1852-1909)は現代ギターの基礎を作ったギタリスト、作曲家で、貧しい家庭に生まれましたが貴族や商人など各層の音楽好きの人々に愛されました。タレガは20年も使い続けたギターの修繕がうまくゆかず、再びトーレス作の名器を入手した後も、時折、古いギターをケースから取り出して病人を聴診するようにひいては失望し悲しんでいたそうです。
Tarrega作のCapricho Arabeの魅力を本LPで知りました。アラブ風という題名のように複雑な表情を持った曲ですが、タラゴ女史は非常にデリケートに演奏しており、「静かな哀しみ」というような美しさを感じます。セゴビア流の、明瞭で分析的な演奏からは、この微妙な魅力を感じることは難しいような気がしました。
以下に本LPからの録音を紹介します。

http://www.youtube.com/watch?v=gX9i5fiWMv0



トゥリビオ・サントス /ショーロの魅力

tapecar(TRIO) , AW2028 , ? 

Turibio Santos : ギター / 他

郷愁のショーロ 他 全13曲 

Turibio Santos(1943- )によるギター演奏です。トゥリビオ・サントスはブラジル生まれで、本LPでは軽快で明るいブラジルの音楽ショーロを、ギター独奏や伴奏ギターやリズム楽器とともに演奏しています。ショーロの合奏を収録したCDやLPは素晴らしいものが多いのですが、本LPでは特にバリオス作曲「郷愁のショーロ」などをギター独奏しているトラックが魅力的です。

ヤン・ハウツヴァールト /ロマネスカ

Sony , SOCM100 , 1974 

Jan Goudswaard : ギター

ショーロス第一番 他 全11曲 

Jan Goudswaardによるギター演奏です。帯の宣伝文句に拠ればハウツヴァールトはオランダ唯一のギタリストだそうです。
本LPはスペイン・中南米の曲を演奏していますが、特にヴィラ・ロボスの曲「ショーロス第一番」は、分析的でクールな印象の演奏スタイルが、不思議に曲の魅力を引き出しているように感じました。
ギターは録音の最も難しい楽器と言われているそうですが、本LPは数ヶ月に渡る綿密な作業を行ったということで、現代的な良い録音だと思います。

 

Elena Papandreou plays Roland Dyens

BIS , CD-1366 , 2005

Elena Papandreou :ギター

Libra Sonatine 他 全16曲 

 ギリシャ、アテネ生まれのエレナ・パパンドレウ(b.1966)によるギター独奏を収録したCDです。チュニジア生まれのフランス音楽家Roland Dyens(b.1955)が彼女に献呈した曲などを演奏しています。
私は美人の表紙写真に引かれて本CDを入手したのですが素晴らしい演奏に驚きインターネットで検索すると、
Papandreouは他にも色々なCDを出している有名なギタリストのようです。スウェーデンのLanna Churchで行われたBISの録音は、鮮明で響きも美しいと思います。
 本CDを聞いて驚くのは
演奏技術の高さで、超絶技巧を感じさせる部分だけではではなく、ゆっくりと丁寧に奏される部分も魅力的です。まさに、天賦の才能でしょうが、人間業とは思えないほど完璧な演奏を聴くと、逆に、多少ヘタなほうが生き生きした音楽になるのではないかなと思ってしまうのは私の勘違いでしょうか?彼女が年齢を重ね欲も得も無くなった時には、多少ヘタになっているでしょうが、霊感を得て無心に演奏ができれば、本物の音楽が聞こえてくるような気がします。
いつかは「正しい風を得たエオリアンハープ」と讃えられるような音楽を聞いてみたいと思いました。

 

音楽 Music

 20年以上前に何も考えずにベンチに腰をかけながら上図のような数本の松が風に吹かれて揺れているのを遠くから眺めていると唐突に「これが音楽なのだ」という考えが頭に流れ入ってきました。私は真面目に「音楽とは何か?」などと考えたこともなかったために驚いたのですが、不思議に「これは単なる思いつきではなく真理である」という確信も伴った忘れがたい体験でした。
 数十メートルの背の高い松が、相互に影響を与えながら、風に吹かれてゆっくりと揺れているのは調和のとれた良い眺めだったのですが、なぜこれが「音楽」なのか私には理解できず、長い間の謎でした。
 しかしながら、その後、スピリチュアリズムやスエデンボルグにより天界と人間との交流があることを知り、さらに最近、霊感を得て素晴らしい演奏をした名人を
「正しい風を得たエオリアンハープ」と讃える文章を読んだ時に、風とは霊(天使)または生命(主)であり、エオリアンハープは演奏家、松は人間に相応するのではないかと理解できました。
 長い間の謎の一部が解けたような気がしたので古い体験を紹介しました。(2010.01.11)

風はその好むところに吹く、あなたはその声を聞くけれど、それがどこから来て、どこへ行くかを知っていない。すべて霊から生まれる者もそのようである。(ヨハネ伝3.8)